なぜオーストラリアは親日国なのか?戦争の歴史と現在から見える本当の理由

親日国オーストラリアの男女4人が両手を上げ未来に向かおうとしている。
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戦争の記憶と「前を向く国民性」

オーストラリアは、第二次世界大戦で日本と戦った国です。地理的には遠く離れた国同士です。しかし、現在は「親日国」と呼ばれるほど、日本に対して好意的な感情を持つ人が多い国でもあります。なぜ、かつての対戦国だった両国が、現在は友好的な関係を築いているのでしょうか。ここでは、戦争の歴史的背景から戦後の関係変化、そして私自身がオーストラリアで感じた日豪関係のリアルを通して、その理由を考えていきます。

オーストラリアが親日国と呼ばれる理由については、こちらの記事でも詳しく解説しています。

日本とオーストラリアはなぜ戦争で対立したのか?

第二次世界大戦当時の構図は、「日本 vs オーストラリア」という単純なものではありませんでした。
日本は資源を求めて太平洋へ進出しました。一方、オーストラリアは、イギリス・アメリカ側の重要な拠点でした。つまり日本にとってオーストラリアは、直接の敵ではなく、イギリスを支える国だったのです。
戦争中、オーストラリア本土が実際に空爆を受けたことがありました。そのため、当時のオーストラリア国民にとって日本は「現実的な脅威」でした。

この時点で、将来こんなに関係が良くなるなんて、誰も想像していなかったと思います。

戦後すぐに関係が改善しなかった理由

ここも、意外と知られていないポイントです。
戦争が終わっても、捕虜問題や戦死者の記憶、家族を失った感情などが簡単に消えるはずはありません。そのため、オーストラリアでも、戦後しばらくは「本当に日本を信用してもいいのか?」という警戒感がありました。

日豪関係を変えた転換点「日豪通商協定」

条約締結で固い握手をする2人

関係が大きく動いたのは戦後10年以上が経った1957年。日豪通商協定が両国の経済関係を大きく発展させる契機となりました。それが現在の日豪関係の基盤とも言われています。
日本は資源を必要としていました。一方でオーストラリアは、資源はあるけれど安定した輸出先を求めていました。

ここでオーストラリアが選んだのは、「過去は過去として整理する。未来のために関係は築く。」という、とても現実的な判断でした。感情を無視したわけではありません。しかし、感情だけで未来を止めませんでした。この姿勢は、今のオーストラリア人を見ていても強く感じます。

外務省:通商に関する日本とオーストラリア連邦との間の協定

オーストラリア人が過去より未来を重視する背景

私はオーストラリア人のパートナーやその家族と関わる中で、日本に対する見方の違いを直接感じる機会が何度もありました。ある時、日本を巡る国際的な議論について、私とパートナーが話していた時にこんなことを言いました。

「戦争のことを理由に、いつまでも日本を攻撃し続けるのは理解できない。戦争はもう決着がついている。前を向けない国に未来はないよ。」

最初は少し強い言葉に聞こえました。でも、これは彼個人の極端な意見というより、オーストラリア的な普通の感覚に近いと感じています。戦争を今の世代が引きずり続ける理由にはしない。この割り切り方が、オーストラリアの国民性なのかもしれません。

オーストラリアが親日国と呼ばれる理由

オーストラリアの地図と国旗

現在のオーストラリアでは、日本は「安全な国」「礼儀正しい人々の国」「食文化が魅力的な国」として、非常に好意的に語られることが多くあります。観光やワーキングホリデー、留学などを通して、日本とオーストラリアの人の往来は年々増えています。実際に日本を訪れたオーストラリア人の多くが、日本の治安の良さや公共マナーの高さに驚きます。そして、日本に対して良い印象を持つようになります。

また、経済面でも日本は長年にわたりオーストラリアの重要な貿易相手国です。資源輸出や技術協力などを通して、両国は深い関係を築いてきました。こうした人の交流や経済的な結びつきが重なり、「親日国」というイメージが形づくられてきたのだと思います。

もう一つ、オーストラリアを理解する上で欠かせないのが、イギリスとの強い結びつきです。パートナーが冗談半分で、こんなことを教えてくれたことがあります。

「もし僕がものすごく良いことをしたら、イギリス王国からナイトの称号をもらえるんだよ。」

冗談のように聞こえますが、制度上は実際に存在する文化です。オーストラリアは独立国家です。しかし、文化や制度、価値観の根っこには今もイギリスの影響があります。そのため、歴史や国家間の関係を、感情だけではなく「現実」や「未来」という視点で捉える土壌があります。この歴史観が、過去の戦争の記憶を抱えながらも、日本との関係を築いてきた背景の一つなのかもしれません。

歴史への向き合い方に見る日豪の価値観の違い

今のオーストラリア人にとって、第二次世界大戦は学校で学ぶ「歴史」の一つです。そして、日本は「安全な国」「礼儀正しい人たちの国」「食文化が魅力的な国」として認識されることが多く、感情的な敵意はほとんど感じられません。これは戦争を否定した結果ではありません。むしろ、日本という国家ではなく、日本人や日本文化に触れる中で、戦争とは別の日本を理解してきた結果なのだと思います。

日本では、歴史が感情や道徳と強く結びつきやすい傾向があります。一方でオーストラリアでは、歴史を事実として学び、その上で「これからどう関係を築くか」を考える姿勢が見られます。

この違いを知ることで、オーストラリアという国が、より立体的に見えてくるように感じています。

まとめ

第二次世界大戦では、日本とオーストラリアは敵国として戦いました。しかし戦後、両国は経済関係を中心に関係を再構築しました。そして、日豪通商協定をきっかけに協力関係を深めてきました。現在では、貿易、観光、留学、ワーキングホリデーなどを通して、人と人との交流が活発に行われています。こうした積み重ねが、日本に対する好意的な印象を育て、「親日国」と呼ばれる関係につながっていると考えられます。

また、オーストラリアでは歴史を事実として学び、その上で未来の関係を重視する価値観があります。この姿勢が、過去の戦争の記憶を抱えながらも、日本との関係を築いてきた背景の一つとも言えるでしょう。現在、日本とオーストラリアは安全保障や経済分野でも重要なパートナー関係にあります。そして、日豪関係は国際的にも安定した協力関係として評価されています。

この記事を読んで、「もう少しオーストラリアのことを調べてみようかな」そう思ってもらえたら、嬉しいです。

親日国と呼ばれる背景についての全体像は、こちらの記事で整理しています。

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この記事を書いた人

日本とオーストラリア、二つの国に縁を持つWebデザイナー兼ライター。
介護業界で約14年間、現場業務や事業所運営に携わった経験を持つ。

現在はオーストラリア人のパートナーとともに、多文化な価値観に触れる日々を送りながら、三人のティーンエイジャーの母としても奮闘中。

このブログ「Two Country Life」では、日本とオーストラリアを行き来しながら、二つの国の暮らしや文化の違いを実体験をもとに発信しています。異文化理解の架け橋となることを目指しています。

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